国土交通省住宅局 楠田幹人局長インタビュー 報酬が行き渡り、処遇がなされないと担い手は確保されない カーボンニュートラルは、省エネと木造の2本柱
7月1日付で就任した楠田幹人国土交通省住宅局長は9月20日、国土交通省建設専門紙記者会のインタビューに応じた。この中で住宅局としては石川県能登地方の被災者支援や4月から省エネ基準の義務化がスタートし、混乱のないように進める必要がある点、住宅価格上昇と取得支援に関する政策などについて言及。さらに大工や建設労働者の報酬が適正に行き渡るようにすることが、担い手の確保に不可欠であるとの考えを披露、住宅分野においても標準労務費の設定に向け、慎重に議論していく考えを示した。
冒頭、就任の抱負について尋ねられ、「すごく重要なタイミングで住宅局長を拝命したなと思っている」と発言した楠田局長。デフレ経済からの脱却に向け、住宅は価格が上昇、金利についても変動が見込まれる中、住宅市場についても従来とは違う形で変化を見せるのではないかと予測する。
さらに5年に一度見直される住生活基本計画の議論を始めるタイミングに入ったことや石川県能登地方の応急仮設住宅の建設、来年4月にスタートする省エネ基準の適合義務化をトピックに挙げた。加えて法務省で議論されているマンションの区分所有の在り方についても取り上げ、1つ1つの課題にしっかり向き合っていきたいとした。
特に注力したい政策として挙げたのが、住宅のストックと質の重視だ。ストック数は世帯数を上回っている状況を踏まえ、「新築の数をずっとキープし続けていくのは、なかなか難しい時代に入ってきている」との認識を披露。既存住宅ストックをしっかり活用して豊かな住生活を実現することが住宅政策の大きな流れであるとした。
一方で今のストックは戦後の住宅難の時代に建てられたものが多いことも事実だ。これについてはリフォームや建て替えで住宅の性能を上げていくほか、新築については性能の高いものを作るよう政策誘導することも必要だとする。また、近年大きな社会問題となっている空き家については除却なども含め、しっかり対策すると説明。「リフォーム・建て替え」、「新築の高性能化」、「空き家」の3つのバランスをしっかり取りながら進めていく考えと話した。
来年4月にスタートする住宅の省エネ基準適合義務化については、エネルギー基本計画など、政府全体の計画見直しのタイミングも踏まえ、太陽光発電をどうするかといった議論にも参画する考えを見せる。その上で遅くとも2030年に予定される住宅の省エネ性能をZEH水準まで引き上げや2050年カーボンニュートラルを見据えた政策を強化していくとした。
建築基準法についても来年4月に全面改正が予定されているが、「建築主、建築士、行政側、確認検査機関など関係者が多いので、改正後も周知を行っていきたい」考えだ。現行でも住宅局では連絡会議などの情報交換の場を設けていることや説明会の開催、動画の配信を行っており、今後は追い込みの時期として手厚く進めていく。
とはいえ、「どうしても知らなかったっていう方々は必ず出ると思って動かないといけない」と指摘。手続き面などでサポートする体制を来年1月までにすべての都道府県に設けるよう取り組んでいるとした。
耐震基準は一定程度機能
住宅の大きな課題である耐震化については年始の地震で大きな被害を受けた石川県能登地方の事例を挙げ、反省を踏まえて政策を見直し、強化していく必要があると発言。木造家屋の倒壊については現在専門家を集め、原因分析をしていると明かす。一方、「まだ結論は出ていない」と断った上で、「新しい建物や耐震性のある建物には被害が少なかったことから、現行の耐震基準自体は一定程度基準として機能しているのではないか」との考えを示した。
ただ、高齢者の多いエリアではなかなか耐震工事が進まないのが現状だ。こうした現状を踏まえ8月に「木造住宅の安全確保方策マニュアル」を発刊したことを紹介。さらに「補助だけでなく、より踏み込んだ形での負担軽減策をどこまでやれるのか」と切り込み、「家屋全体の耐震改修が難しければ、部分的なところだけでも、という発想も必要」だと提起した。
耐震以外の災害対策についても、「災害の恐れがある危ないところにはできるだけ居住しないような住まい方」について都市行政と一緒になって取り組む考えを強調。こうした考えに基づく制度は一定程度整備されているものの、こうした地域における新規立地の抑制や、すでに暮らしている人たちの移転に向けた支援策も検討したいとした。
労務費基準策定と大工の確保
冒頭でも触れたが、住宅価格の上昇が社会的な課題となっている昨今。こうした中、税制や取得支援などの住まい確保に向けた政策について楠田局長は、マンションなどの実需に加えて投資もあり、取得しにくくなっているとの声があると明かす。一方、直近まで自身が不動産・建設経済局担当の大臣官房審議官として担い手確保に向けた取り組みなどを担当していたことを紹介。資材価格や労務費がきちんと転嫁され、労働者の賃金もあがる仕組み作りが大事だとした上で、「一定程度物件が上がることがこれからの時代は十分あり得る前提に立つことが必要」と訴えた。
こうした中、取得環境整備に向け、税制では住宅ローン減税の延長、金利面では変動金利から固定金利への借り換えを円滑にする策などにしっかり取り組む考えだ。加えてまだ経済対策の指示はないものの、今後、補正予算における子育てエコホームのような制度が必要とされた場合、この部分に対してもしっかり検討していくと楠田局長。このように環境を整えていかないと住宅取得は厳しくなってきていると語った。
また今回、本紙1面でも紹介している通り、9月10日に開催された中央建設審議会の専門のワーキンググループで、民間工事も含めた労務費の基準策定に向けた動きについて検討する動きが始まっている。これについて楠田局長は見解を披露。住宅局としても、中央建設審議会の勧める全体の議論の流れに沿って取り組む意向を示した。
ただ、民間工事と一言で言っても、そもそもの契約の中で、書面でしっかり取り交わしている事業者がある一方、口頭で契約を取り交わしている事業者もあるのが現状だ。楠田局長は「実態を把握しながら住宅特有の問題点があるなら、それをどうやってクリアするか、よく議論しながらやっていかないといけない」とし、「改善しなければいけない点があれば、変える方針で進める」と話す。
もちろん、民間工事において標準労務費を設定することは従来になかったもので、容易な取り組みではないことも確か。こうした背景に触れ、「大工さんにきちんと報酬が行き渡っていって、処遇がなされないと担い手は確保されない。その上で1人親方の方もいらっしゃるので、それをどういう風に取り組んでいくのか、しっかり関係者で議論しないといけない難しい話だと思う」とまとめた。
当日は、近年非住宅分野などでの木質化、木造化が議論されていることについてもふれている。「カーボンニュートラルは、省エネと木造が2本柱」と楠田局長。「木造利用の中で、住宅建築物はかなり大きい」とした上で、「木造はどうしても防火の関係がいつも議論になる」と切り出した。
さらに現在、「規制の合理化を行い、できるだけ使いやすくする」こと、「中大規模木造建築物の普及に向けた支援策」、「木材使用量を見える化するラベル表示などの取り組み」などに取り組んでいることを説明。これに加え、木造の非住宅について、適切な維持管理がなされている場合は価値評価される仕組みを造りたい考えを見せた。
【日本住宅新聞9月25日号より一部抜粋】