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住宅業界の未来を支える労務費基準確立へ

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 今後住宅をはじめとする民間工事においても、適正な工事実施のために計上されるべき労務費の基準が設けられるかもしれない。
 国土交通省は9月10日に中央建設業審議会に「労務費の基準に関するワーキンググループ」(WG)を設置(座長=政策研究大学院大学小澤一雅教授)。6月7日に国会で成立し、9月1日に施行された改正建設業法の内容を踏まえ、公共工事のみならず、民間工事も視野に入れた労務費の基準策定について議論を開始した。
 他産業より賃金が低く、就労時間も長いため、担い手の確保が困難とされる建設業だが、将来にわたり「地域の守り手」としての役割を果たしていくためには、担い手の確保が不可欠だ。そのためには働き手の処遇改善や働き方改革、生産性向上に取り組んでいくことが重要といえる。
 特に建設工事の契約において労務費は相場が分かりづらく、材料費よりも削減が容易な分野。そのため技能者の処遇を考慮せず、安価に請け負う業者が競争上有利となり、過度な重層構造の下、結果的に技能者を雇用する下請け業者まで適切に労務費が確保されていない現状がみられる。
 こうした中、今回の改正建設業法では、労働者の処遇確保を建設業者に努力義務化した上で、著しく低い労務費等による契約の締結を禁止。さらに公共・民間工事を問わず行政が指導監督する際の参考指標などに活用する「労務費の基準」を中央建設業審議会が作成・勧告することとした。今回の同WGは、この「労務費の基準」のあり方などについて審議を行うことを目的としたものだ。
 当日は主に①労務費の基準に関する経緯、②労務費の基準に関する主要な論点に対する考え方、③今後の検討の進め方――について説明と議論が行われた。①の中では、労務費の基準の作成・勧告について、昨年の建設業法改正に向けた基本問題小委員会中間とりまとめにおける議論の中ですでにいくつか議論されていることを報告。そのうちの一つが、設計労務単価に工種ごとの標準的な仕様・条件での労務歩掛等(単位施行量当たりの作業労力・人工)を乗じる方法で単位施行量当たりの金額を算出する方法を検討する内容だ。
 ただ、労務歩掛の設定に当たっては、「各種工事の実態に即しているか」、「国の直轄工事の歩掛が設定されていない住宅建築工事の工種に関わる算出をどうするか」といった課題も指摘されていた。そこで事務方は「『土木と建築』、『公共と民間の違い』」、「多様な雇用形態、零細な業態」、「『労務費』の定義の多義性」など、建設業特有の環境に考慮が必要と発言。「行政のみならず建設工事の受発注者など関係者から意見を聴取する必要がある」などとしていた。
 これを踏まえた上で②では論点整理がなされ、当日の議論により㋑「労務費の基準」の目的、㋺「労務費の基準」の活用・運用に関する基本方針、㋩「労務費の基準」の作成に関する基本方針――について一定の合意を得た。㋑では「適正な水準の労務費(賃金の原資)が公共工事・民間工事に関わらず、受発注者間、元請け――下請間、下請間のすべての段階において確保され、技能労働者の賃金として行き渡ることを目指す」との方向性を提示。契約当事者間での価格交渉時に参照できる相場観として労務費の基準を機能させるなどとした。
 ㋺では「中小事業者、一人親方であっても使いやすい仕様で作成する」と紹介。さらに「契約時において労務費の基準に基づく見積もりと書面での契約を業界慣行としていく」とした。
 ㋩では技能者の処遇を改善するためのルールとして説明。これまでに示された議論の中で、建設キャリアアップシステム(CCUS)に応じた賃金支払いを図る観点から、公共工事設計労務単価に基づく労務費を技能者を野党事業者に担保することが必要ではないかという意見があったことに言及した。さらにこれらの背景を踏まえ、今回、「技能者の賃上げにつながるよう、公共・民間工事問わず、公共工事設計労務単価を基礎として計算された労務費が技能者を雇用する事業者まで行き渡る水準で設定する」との方向性を提示。加えて「すべての職種、工種について同時に議論、作成するのではなく、職種別に順次検討を進める」こととした。
 ③についてはあくまで今後の議論の内容としてのものだが、(1)労務費の基準の実効性確保、(2)労務費の基準の作成――について議論する。特に(2)の中では「『公共工事設計労務単価×歩掛』」によることを議論の出発点としていいか」とのテーマで議論。個人住宅など公的な歩掛がない工種について、基準の設定方法をどのようにすべきか議論する。具体的には材工一式の積算を行っている工種に係る歩掛調査や積算手法の検討という、公共建築分野における国土交通省営繕部の取り組みと連携する方向で議論が行われる方針だ。
 委員からは様々な意見が寄せられた。いくつか紹介すると、「建設業の技能労働者数は令和5年の段階で約300万人だが、CCUSの登録者は140万人で未登録者が160万人いる。未登録者の多くが中小や個人事業主、住宅産業だと思われる。なぜ専門団体だけのデータで重要な標準労務費を議論されるのか、理解できない」、「改正建設業法の実効性確保のためには、すべての技能労働者が対象となる労務費の基準の作成を行う必要がある。特に、住宅分野での労務費の基準の作成については検討が必要」、「民間工事も含めて標準労務単価の算定に用いるということの妥当性について、さらに検討を深めていくべき」、「時間あたりの施工量といっても建物の設計や特性、作業環境、地域性によって大きく左右される」、「契約時において労務費の基準に基づく見積もりや書面での契約を業界慣行としていくとしているが、その見積もりを作成するということ自体が、おそらくその現場サイドから言うと相当労力がかかる」、「大手ハウスメーカー、中堅工務店、零細損害工務店、それぞれによって全然異なる。住宅業界に特化した意見交換というか、そういった場を設けてほしい」といった声が上がった。
 同WGは年内に2回開催。来年も議論を行い、12月をめどに労務費の基準の勧告を行う方針だ。

住宅分野の労務費基準
公平な賃金と持続可能な産業へ

 住宅をはじめとする民間工事に労務費の基準を設ける――。現段階では今後の検討事項となっているが、仮にこの方向性が確定した場合、工務店業界にとっても大きな影響が生じることは間違いない。
 こうした中、同WGの委員も務める全国建設労働組合総連合の長谷部康幸賃金対策部長は、これまで労務費の基準については野丁場の公共工事やゼネコン系の大きな現場に主眼が置かれており、町場の住宅分野では働き方改革が遅れている現実があったと指摘する。さらに改正建設業法における「法の平等」の観点からも、すべての技能労働者が対象となる労務費の基準の作成を行う必要があると強調。「仕事受注の関係でうまく外注を使いながらという経営方法も理解はする」とした一方で、将来的には工務店も一定技能者を雇用しながら若者が入職できる経路をつくらなければ、産業が立ちゆかなくなると危惧を見せる。これを踏まえた上で、住宅分野での労務費基準の策定は重要であり、技能者の賃金支払いと処遇改善に結びつけるよう努力すべきだとした。

【日本住宅新聞9月25日号より一部抜粋】

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