50周年記念特集号(第二弾) (一社)JBN・全国工務店協会 安成信次会長 脱炭素の時代は地域工務店復権のチャンス 地域産業として職人を育てる
――JBN会長就任おめでとうございます。はじめに就任の抱負についてお伺いしたいと存じます。その上で、現在の住宅業界の市場動向をどのように捉えていらっしゃるのか教えてください。
安成会長:御社創業50周年おめでとうございます。さてこの度、JBNの新会長に就任しましたが、大変な役目を引き受けたなというのが正直な気持ちです。現在非常に厳しい住宅市況が続いており、地域の工務店は苦労しています。ただ、明るい側面もあるので、こうした部分を皆さんにお伝えしながら、1社だけではできないことをサポートする体制を構築し、業界を少しでも発展させるため、一生懸命取り組んでいきたいと思います。
戦後、日本の住宅業界は工業化を進めて発展してきました。一方、その中では地域工務店が取り組む手作りの住宅がすみに追いやられてしまった側面もあるかもしれません。しかし、近年のSDGsや脱炭素の観点から見た際、改めて自然素材で地域の材料を使って建てる家づくりに立ち返る必要があると考えています。もちろんデザインや性能、構造、安全性などは最先端である必要がありますが、地域の材で住まいをつくることは、CO2排出量の削減だけではなく、地域経済の下支えや職人の育成にもつながるもの。これからの時代、地域の工務店がより求められる存在になるのではないでしょうか。こうした点から、実は業界の先行きについてはあまり悲観的には考えていません。ようやく地域の工務店がつくる自然素材型住宅が復権するチャンスが訪れたと思っています。
――このような中、業界を支える職人の不足が深刻化しています。その最大の理由はどこにあるとお考えですか?
安成会長:バブル崩壊以降、ブルーカラーよりホワイトカラーを重視する社会の風潮に原因があり、この偏った職業観が変化することを期待しているところです。手で物をつくる職人の誇りを高め、地域で尊敬され、必要とされる業界にしていかなければなりません。私たちが取り組むべきことは様々ありますが、仕事に誇りを持ちながら職人を育て、働く喜びを共有し、「物をつくることは楽しいよ」ということをずっと言い続けていきたい。世の中のためになり、住む人が幸せになる住まいづくりは、作り手に誇りを与えます。多くの地域工務店は、100年以上もつ家を地域の材と職人でつくろうと考えています。
――社会全体で脱炭素社会実現に向けた意識が醸成されつつあるように思われます。住宅業界が目指すべき取り組みとして、どのようなものが挙げられるでしょうか?
安成会長:住宅のランニングにかかるエネルギー量は、ここ10年間の高断熱化とサッシ他建材の高性能化、そして太陽光発電の低価格化に伴う普及拡大で大きく進歩しました。今や断熱性能等級5、6を達成する地域工務店も増えています。
この次は、建築時のエンボディドカーボンに目を向けなければいけないと思います。また、脱炭素とは別ですが、住まいと健康についても地域工務店のつくる木の家には大きなメリットがあると考えています。特に今年、(一社)住宅・建築SDGs推進センター(IBECs)において一般建築用のライフサイクルカーボンを算定するツール「J―CAT」がリリースされました。来年には戸建て木造住宅の「J―CAT」がリリースされると聞いています。地域工務店もLCCM住宅を手掛けるなど、脱炭素社会実現に向けた取り組みを行い、評価を得てほしいと思います。
――来年4月に予定されている建築物省エネ法や建築基準法の改正が住宅業界に与える影響についてどのようにお考えですか?
安成会長:何かしらの混乱が生じる可能性があり、その中で対応が難しい工務店も出てくるでしょう。しかし、今はもう緩和や延期を望む時代ではありません。いち早く制度改正に向けて取り組むしか方法はないのです。「『まだ大丈夫』と考えた会社は遅れ続け、先にチャレンジした会社は成長する」という事例は、多くの分野で見られるもの。直前になってから一度に取り組むより、今、一つ一つ着実にこなしていく方が結果的に簡単で賢い方法だというのが私の持論です。改めてJBNとしては情報を発信し続け、セミナーなどを開催し、来る時代に対応できる力をつけるお手伝いをしたいと思います。
――新しい技術や工法の導入が進んでいる中、特に注目している技術や工法は?
安成会長:工務店の仕事の効率を上げるための管理アプリをはじめとする効率化DXは活用する補助金もありますので、大いに取り組むべきです。新しい技術や工法も、工期を短縮するとかコスト削減になるという視点で常にリサーチすべきではないでしょうか。
――工務店業界が直面している現状の最大の課題は何だとお考えですか?
安成会長:直近の課題は住宅市場の縮小と、資材高騰の価格転嫁だと思います。しかし、市場規模の縮小は避ける方法がありません。すでに地方の建設関係専門工事業社は寡占化し、市場規模に見合った少数の会社に淘汰されました。今後は、元請け企業においても寡占化に直面することとなるでしょう。市場が縮小すると、仕事が減る会社と増える会社に分かれます。実際、今まで年5棟新築を受注できていた企業が年2~3棟に減り、とうとう最後はリフォームだけ、という話も耳にします。一度そうなると人手不足もあり、仮に住宅市況が復調しても再び3棟、5棟と簡単に戻れるものではありません。もちろん、リフォームだって施工するのは簡単じゃない。そんな中、今後も生き残れるのは、特色を持った企業だと考えています。工務店には、自社の特色が評価され、市場に必要とされ、存続・成長していける方向を目指してほしいですね。
――「脱炭素社会の実現」、「働き方改革」、「職人不足」など様々な課題が山積する建設業界ですが、もし仮に50年前の工務店経営者が現状を見たら、どのように評価するとお考えでしょうか。また、50年後に住宅業界の歴史を振り返った際、現在はどのように位置づけられる時代になるとお考えですか? その上で、まさに今を生きる現在の我々が、過去や未来の建設業従事者に発信したい志や想いはどのようなものなのか、安成会長のお言葉でお伝えください。
安成会長:50年前の工務店経営者が現在の住宅業界を見たら、住宅設備機器のレベル高さに目を見張り、断熱や温熱環境に驚くのではないでしょうか。一方で当時の職人が手掛けていた「和の住まいの良さ」や「自然素材のすばらしさ」、「手作りのすごさ」などは、現在、地域工務店の家づくりの中でしか見ることができません。こうした中、昔の人に言うとすれば、「我々は表面的な欧米化を目指し、大切なものを置き去りにしたかもしれない」ということ。「昔の住まいづくりにおける考えをベースにして、今の性能を付加した家、これがやはり日本がつくるべき家だった」というのが今の想いです。
私事で恐縮ですが、私は45年前に建設業界と携わり、地方の工務店経営を36年間担ってきました。当初、工業化住宅や2×4住宅を追い求め、住まいづくりの方向性に迷ったこともありました。紆余曲折を経て、34年前に環境共生住宅の道に入り、27年前からは林産地と連携した、近県産材を構造材に使い、内装を自然素材で仕上げる自然素材型住宅に特化した家づくりを行っています。その経験に基づいて考えても、地域の材料で物をつくる考え方は、やっぱり正しいと思う。ただ、「性能や構造安全性、あるいは住設機器などは格段に良くなったから安心です」と伝えたいですね。
未来の人に言いたいことですが、どんな住まいになっているのか、正直なところ全く想像がつきません。ただ設備機器はもっと便利になるでしょうし、窓も空気も音も熱も全部コントロールできる、快適な空間になるだろうと思います。それでも、自然素材はやっぱり残した方が健康にいい住まいがつくれるのではないでしょうか。木の成分や芳香など、未来の技術で人工的に成分をつくり出しては発散するような仕掛けは生み出せるかもしれませんが、それでもやはり、本物の自然素材を使った家を未来でも見てみたいものです。
また、脱炭素社会の実現が必須とされる中、これまでの住まいづくりの延長線上で環境問題が片付くはずもありません。そのため、新たな価値観のもとで新たな評価軸が生まれると考えています。まさに現代は時代の変わり目、ターニングポイントだと私は捉えたい。このチャンスを活かすためにも、改めて地域工務店がデザイン力、高性能、自然素材利用、効率化を成し遂げ、つくった家が評価される次世代の家になってほしいですね。そして、お客様から一番高級な憧れの住まいは「地域工務店が建てる家」、続いて価格や打合せの手間がそこまでかけられないから「プレハブメーカー」、もっと簡便に住まいを買いたいから全国展開する「ローコストビルダー」で・・・・。とランク付けがなされる正常な社会になってほしいと思います。
【日本住宅新聞9月15日号より一部抜粋】